交通事故のむち打ち損傷について
交通事故はできることなら遭遇したくないですが、不幸にも交通事故に遭われてしまわれる方は未だに存在してまいす。そのため、当院にも交通事故に遭われてしまった方が多く来院されています。
むち打ち損傷の定義
交通事故といえば必ずと言って良いほど必発するのが、所謂「むち打ち」です。このむち打ち損傷は文字通り衝撃によって背骨がむちを打ったような動きをしている怪我のされ方を指す言葉であって実は診断名ではありません。実際に国際分類でも「むち打ち損傷とは、頸部の屈曲または伸展を伴う頭部の突然で十分に抑制できない加速または減速運動」と動作を定義としています。
一般的に大半のむち打ち損傷ではレントゲン(X線)上では異状が認められないため、臨床で使用されるむち打ち損傷の大部分は頸椎周囲の軟部組織(筋肉、靭帯、関節包、椎間板、神経、血管など)損傷を意味する頸椎捻挫という診断名になることが多いです。
脊柱の解剖学的構造
頸椎というのは脊柱(背骨)の中でも所謂首の骨を解剖学的に指す言葉なのですが、この脊柱は上から頸椎(7個)、胸椎(12個)、腰椎(5個)、仙椎(=仙骨)、尾椎(=尾骨)の順に椎骨という小さな骨がそれぞれ積み木のように一直線に積み重なることで背骨として成り立ってます。
椎骨の解剖学的構造
椎骨は前方に円筒形をした椎体があり、後方には弓状の椎弓が連結しています。椎弓の後部正中には棘突起と呼ばれる背中を触ったときに触れられる背骨の突起があります。また椎骨の基部外側には横突起と上下の関節突起がありますが、関節突起は上下の隣接する椎間関節面と重なることで椎間関節を形成します。
上下の椎骨の間にはクッション材として機能する椎間板があり、その椎間板の中の中心部にはゼリー状の髄核という核があり、椎体がこの髄核の上を玉乗りのように移動して椎間関節は運動します。しかし、椎体間を椎間板のみで構成しては方向が定まらない不安定な動きで動きすぎてしまうため、椎体間の動きを規定するために椎骨の周囲を靭帯で補強し、椎間関節の周囲には関節の保護と関節に栄養を供給する役割を担っている関節包が存在しています。
こうして各椎骨が積み重なるように関節を構成しながら連結して出来上がる脊柱ですが、椎体と椎弓が合してできる孔を椎孔といい、脳から続く脊髄神経は椎孔が上下に連結してできた脊柱管の中を通ります。上下の椎弓と椎弓の間には椎間孔という穴があり脊髄神経から枝分かれした神経がそれぞれ椎間孔を抜け出てきて手足に向けて神経が走行し各種運動や感覚を支配しています。そして各椎体の左右横側には1対の横突孔と呼ばれる血管を通す穴が開いており、各々の横突孔の中を血管が通ります。
脊柱の役割
こうして各椎骨が積み重なってできた脊柱は以下の役割を担っていると言われています。
- 頭部・体幹を支える支持機能
- 頭部・体幹を曲げ伸ばしたり回したりする運動機能
- 脊髄神経や血管を保護する神経・血管の保護機能
一方で上記の役割を裏返して言えば、脊柱が損傷されて位置異常が発生してしまった場合には、以下の事が起こる可能性が考えられます。
- 頭部・体幹を支えきれず、体を支えるために余計な力が必要となり痛みや疲労感が感じられる。
- 頭部・体幹を曲げ伸ばしたり回したりしづらくなり、こわばり感や動かすと痛みがでたりする。
- 脊髄神経や血管を圧迫することにより痺れや血流が悪くなる。
メカニズム
国内の交通事故において最も多いのは追突事故ですが、この追突事故の時に所謂むち打ちになってしまうメカニズムとしては、まず追突による衝撃を受けるとシートバックに押されて胴体が前方移動させられますが、重量のある頭部は慣性の法則でその場に留まるため、頸椎が過伸展(後方に反りかえる)してしまいます。続いて、前方移動した胴体に引っ張られて頭部が前方に移動させられることで頸椎が過屈曲(前方に折れ曲がる)します。
通常、頸椎の伸展(後ろに反る)運動は頭部から動きが始まり、上の頸椎から下の頸椎が順に動いていくのですが、上述の説明のように交通事故の場合には通常とは逆で最初に胴体から動きが始まり、下の頸椎から上の頸椎に向かって力が発生し頸椎が伸展運動を行わされてしまいます。それによって回旋中心位置がずれて非生理的な動きとなり椎間関節が衝撃を受けてしまいす。従って、むち打ちは頸椎の異常運動により椎間関節を損傷したものということになりますが、椎間関節周囲の筋肉や靭帯、関節包には痛みを感じる受容器が多く存在するため、椎間関節の位置異常は痛みを感じたり炎症を起こす可能性が高くなります。それによりむち打ち損傷の痛み等は発生しているのです。
種類
従来からむち打ち損傷の医学的分類には以下に記す土屋病型分類が日本で最も一般化して用いられています。
・頚椎捻挫型
頚椎を支えている靭帯や筋肉、関節包を損傷してしまっているが神経症状は認められないかあっても一過性であるもの。しかし、レントゲン(X線)上では異状を伴わない。
・根症状型
脊椎が曲がることにより椎体間の距離が近づき、椎間板が圧縮されて髄核が後方に飛び出すことにより脊髄神経の根元を損傷してしまったもの。
・バレー・リュウ症状型
衝突によって頸部の自律神経(交感神経と副交感神経)を刺激し、頭痛や耳鳴り、筋肉の過緊張など自律神経の異状に伴う症状が自覚症状を主体として発症したもの。
・根症状型+バレー・リュウ症状型
根症状型に加えてバレー・リュウ症状型を発症したもの。
・脊髄症状型
頚椎の中を走っている脊髄やそこから伸びている神経が損傷してしまったもの。
※ 現在「非骨傷性の頚髄損傷」とされて頚椎捻挫の範疇には脊髄症状型は含まれないとされている。
※ 上記の土屋分類に加えて近年報告されているものには以下の2つがあります。
・外傷性胸郭出口症候群
首から肩にかけて数か所ある骨や筋肉の間からできる狭い隙間を通る神経の束や血管の通り道が骨格の位置異常や筋肉の過緊張によって更に狭くなることで圧迫されてしまい、痛み・しびれ・だるさの3大症状などが出現したもの。
・脳脊髄液減少症(低髄液減少症)
脳脊髄液(髄液)がクモ膜下腔から漏れて減少してしまった状態になったもの。
上述のようにむち打ちは損傷を受けた場所によっていくつかの型がありますが、中でも圧倒的に多いのは頸椎捻挫型です。
発生する症状
症状は怪我の程度や個人の体質によって異なりますが、一般的には頭頸部が強く振られる衝撃がかかることにより、首の痛み、首の可動制限、頭痛、疲労感、しびれ、めまい、耳鳴り・難聴、吐き気・嘔吐などのような多岐にわたる症状が発症することがあります。
しかし、これらのむち打ちの症状は事故直後には出現せず、ほとんどは事故から数時間経過してから出現します。
重症度の分類
以下に示すケベックが報告したむち打ち損傷関連障害(whiplash-associated disorder:WAD)があり、この分類が重症度判定に最も用いられています。
当院での治療の考え方
上述したむち打ち損傷の発生メカニズムから、当院ではむち打ち損傷は頸椎を含めた脊柱の配列異常が発生してしまっている状態であることが最大の原因であると考えています。
脊柱の配列異常のある状態でいると背骨に付着する深層の筋肉だけでなく、その上に重なっている表層の筋肉にも過度な緊張を生んでしまい痛みやこわばりの発生原因となり得ます。また、背骨のずれは背骨内を走行している神経や血管を圧迫などにより働きを阻害することに繋がり、神経の伝わりや血液の流れが悪くなることで痺れや細胞の働きが悪くなるといったことがドミノ倒し的に発生してしまい様々な不具合が生じる原因になり得ると言えるでしょう。
以上の事から、必然的に治療は、頸椎の配列異状を整えることが効果的であると当院では考えております。この頸椎に対する当院の治療はこれまで多くの患者様に対して効果を実感して頂けたと自負しております。
最後に
交通事故のむち打ち損傷については未だ様々な医学的議論がなされており、明確に解明しきれていない部分がまだまだ多いため、むち打ち損傷の治療法に関しても厳密な科学的評価を受けた治療法が存在していないのが現状です。そのため、むち打ち損傷の治療は一般的には難しく良好な経過を辿らない患者様も少なくありません。実際に当院にも中々良くならずお困りになられている患者様が多くご相談に来られています。
もしも不幸にも交通事故に遭われてしまって、今もむち打ち症状にお困りになられている方にとって、このブログ記事が少しでもお役に立てたら幸いです。